Diane von Furstenberg

ダイアン・フォン・ファステンバーグがアメリカンファッションの世界に入ったのは、自らデザインしたドレスでいっぱいのスーツケースを抱え、ヨーロッパからやってきた時。そして1974年には女性のパワーと自立の象徴でもあるラップドレスを発表しました。その後1976年までに100万着以上のドレスが飛ぶように売れると、その同じ年にはNewsweekの表紙を飾りました。1997年、ブランド再生のために精力的に取り組むと、レディトゥウェアから、シューズ、ハンドバッグ、スモールレザーグッズ、スカーフ、ジュエリーなど、フルコレクションを展開するグローバルラグジュアリーライフスタイルブランドとして認められるように。現在DVFは55カ国以上の国々で販売、北アメリカ、南アメリカ、ヨーロッパから中東、そしてアジア太平洋の全域に148のショップを含むショップを展開しています。

2005年、彼女のファッション業界に与えたインパクトが認められ、アメリカファッションデザイナー協議会(CFDA)から特別功労賞を受賞。またその翌年にはCFDAの委員長に選出されました。この重要な役割を担いながらも、新しい才能の育成や、デザイナーを偽造や複製品から守るため、Design Piracy Prohibition Act設立の支援に積極的に取り組みました。2015年、ダイアンは同協議会の会長として就任しています。

また、ダイアンは女性の地位向上のため、ファッション業界のみならず、慈善活動や教育支援にも精力的に取り組んでいます。世界中の女性リーダーや起業家をサポートする民間非営利団体Vital Voiceの取締役にも従事。2010年にはDiller-von Furstenberg Family Foundationにおいて、信念を貫くリーダーシップと強さ、勇気を持った女性を、称賛そして支援するためDVF Awardsを設立しました。2014年に出版したダイアンの自叙伝The Woman I Wanted to Beは5カ国語に翻訳され、2015年には雑誌TIMEの最も影響力のある100人の1人として選出されました。

本社はニューヨークのミートパッキングエリアに位置しています。ダイアンは以前より地域のコミュニティーのメンバーとして、歴史的高架橋であるHigh Line railwayの保存活動に取り組み、The High Lineは現在の姿にまで開発されました。また、 the Statue of Liberty–Ellis Island Foundationそしてニューヨークの芸術と文化革新のための施設であるThe Shedの理事として名を連ねています。

ダイアンはバリー・ディラーと結婚。アレクサンダーとタチアナの2人の子供達、そして4人の孫に恵まれました。多くの成功を手に入れたダイアンは幸せそうにこう言います。「子供達が私の最高の創造物」だと。